研究科長室から見える景色

前工学研究科長・工学部長 大嶋 正裕

大嶋先生

 桂キャンパスの中央にあるBクラスターという区画の,そのまた中央に事務管理棟があり,その3Fに研究科長室がある。東向きの窓からは京都市街地全景が一望できる。正面には京都タワーが,その少し左には清水寺の朱塗りの塔頭と高台寺の白い観音像,さらに左手に比叡山と大文字山の山々が連なる風景が見える。夕日に映えるとき,その京都の街並みはひときわ美しさを増す。この景色を3年間,私は眺めてきた。そしてこの景色のお蔭で,幾度となく私は,心を癒し明日への気力を奮い立たせることが出来ていたように思う。
 さて,私の研究科長の3年間,皆さんには桂キャンパスの風景はどのように見えただろうか? 研究科長として最初の仕事は,入試ミスの追加合格者の対応であり,初っ端から苦労した思いがある。最後の1年間もコロナでさまざまな対応を迫られた。最初から最後まで楽なときがなかったようにも思う。
 就任時に「何もしないのは楽だが,何もしないと退化をもたらす。頑張って進化を目指そう」とスローガンをたてた。率先垂範しなければと,自分自身いろいろな進化を求めてきたつもりである。クリスマスイルミネーションやクリスマスコンサートの開催,多目的室「瞑想の場」の開設,Aクラスター中庭の整備など,いろいろなことをやったつもりだ。そのなかで,成果として私の記憶に残るところの第一位には,若手の研究者の雇用推進のための青藍プログラムの開始,第二位には桂図書館の開設とテクノサイエンスヒル活動の復活,第三位には米国篤志家の大型寄附による奨学金制度の締結,があげられる。この3つ以外にも,「もっとあるんじゃない?」という感想を皆さんに持ってもらえていれば嬉しいが・・・。第三位の事項は,専攻長会議などで報告もしていないので皆さんにとっては初耳な事項であろう。今年の秋口にはプログラムの中身を開示できると思う。楽しみに待っていて欲しい。
 以前,工学広報にも記したが,第一位~第三位の事項はもとより,私が研究科長としてやれたことは全て,事務部職員や運営会議メンバーの先生方をはじめ,学生も含めた多くの人の助けや知恵出しがあってできたことである。研究科長になった当初,運営会議の年配の先生から,「工学研究科というのは,“猛獣”がいっぱいいるところである。研究科長というのは,その猛獣使いなのだから,その職務は大変である。心して勤めるように」と心配(励まし)の言葉をいただいた。工学には,確かに個性豊かで猛獣並みのパワーをもつ先生方が数多くいらっしゃる。ただ,工学の先生方は理解が深く,やることの必要性や目的を明確に認識してもらえたときは,何らかの解決策を提案し団結してくれた。特に,コロナ禍のもとでの授業運営や試験の実施など,知恵を出し合い団結して進んでくれたと感じる。また,事務部は統率がとれて,常に献身的に研究科長である私をサポートしてくれた。ここで改めて,尽力してくださった先生・職員・そして学生に感謝したい。この3年間,猛獣に食い殺されることなく勤めることができたのも,皆さんのサポートと理解のお蔭だと思う。 年配の先生の心配は幸いにも杞憂に終わったのである。
 一方で,やり残したことの第一位は,福利厚生の向上,第二位は改組や融合工学コースの改編,第三位は桂キャンパスへの移転推進である。福利厚生に関連することとして,以前からリューヌ(ベーカリーカフェ),ハーフ・ムーンガーデン(カフェテリア),ラ・コリーヌ(フレンチレストラン)には赤字経営の問題があった。令和2年のコロナ禍はこの問題に決定的な打撃を与えた。最終的にはこの3か所の閉店を決断せざるを得ない状況となった。学生に「桂監獄」と呼ばれていた状況を「桂西国浄土の地」へと変えていきたかった。吉田から離れ,工学研究科で,その運営を決定できる桂キャンパスの特色を逆に生かして,吉田キャンパスではできないことができる桂キャンパスとしての環境作りを展開したかった。3 on 3のバスケットができる憩いの場やAクラスター中庭の整備などの活動は,すべてその目的のために行ったといって過言ではない。しかし,福利厚生の中核となるべき食事の場の閉店によって,私の思いとは逆の方向にキャンパスが進んでしまった。心が痛む。ベーカリーカフェは,民間企業に営業をゆだね令和3年4月から再開,Aショップの無人化による営業時間の延長,5月からのキッチンカーによる昼食サービスのトライアルなど,打てる手は打ったつもりであるが,まだまだ満足できる状況にはなっていないと感じている。次期執行部に頑張ってもらいたいところである。
 この3年間で私がやってきたことは,どこまで正しかったのか。とりわけ,コロナ禍に対する来年度の授業方法の方針が,学生にとって正しかったのかどうかはわからない。のちに歴史が決めてくれるのかもしれない。ただ,より良い未来を創ることのできる工学研究科の先生と学生と職員の力を信じている。
 研究科長室から市街地を眺めているとき,ふと,“見ると幸せになるといわれる黄色い新幹線(ドクターイエロー)”が桂川を渡る姿が目に入ったことが幾度かあった。このドクターイエローのパワーのお蔭か,また,桂キャンパスの眺望のお蔭か,私の研究科長の3年間は,いろいろな人に出会い,いろいろな人に支えられ,幸せな3年間であったと思えるものであった。

(化学工学専攻 教授)

桂キャンパスから眺める京都の夕暮れ
桂キャンパスから眺める京都の夕暮れ

ドクターイエローが桂川を渡る姿(桂キャンパスBクラスターより撮影)
ドクターイエローが桂川を渡る姿(桂キャンパスBクラスターより撮影)