工学部講義における講義動画字幕システム

附属工学基盤教育研究センター 副センター長 本多 充

 附属工学基盤教育研究センター(以下,ERセンター)の重要なミッションとして,学生の支援と国際化推進が挙げられます。ERセンターでは工学教育の国際化推進として英語による大学院向け共通型講義科目の提供を行っておりますが,本稿では別の取り組みとして「工学部講義における講義動画字幕システム」の紹介をします。

 多くの優秀な留学生に本学を志望して貰うためにはより一層の国際化推進が必要であり,そのためには日本人学生の英語能力の底上げのみならず,留学生が日本語による学びで躓かないための方策が急務です。研究が教育活動の主体となる大学院と異なり,基礎的な学問の修養が中心となる学部教育においては,学部専門科目のほとんどが日本語で提供されています。そのため,授業内容そのものではなく日本語が不自由であるがために授業の理解が覚束ないという事態が容易に起こりえます。日本人の学生と教員が多数を占める大学の現状では全面的な英語による講義実施は現実性を欠くことから,この課題を解決すべく,ERセンターでは工学部,国際高等教育院,講義担当教員の緊密な協力の下,日本語講義の動画に日本語と英語の字幕を付ける「講義動画字幕システム」の開発と運用を続けてきました。

 視聴時のユーザーインターフェースは図の通りで,画面上部に講義動画,下部に日英字幕が表示されています。全体としてはYouTubeに類似した操作感です。再生速度を0.5倍から1.5倍まで変えることができ,聞き取りにくい箇所をゆっくり聞くことができます。画面サイズも小中大で切り替えられるほか,講義動画のみの表示となる最大化も行うことができます。動画の進行に合わせて字幕は自動でスクロールします。字幕をクリックすれば対応する動画の再生位置に飛びますし,シークバーをクリックしても対応箇所の字幕に飛ぶようになっています。英語字幕については一般に広く使われているDeepLと独自の翻訳エンジンによるものを選べるほか,英語字幕表示をオフにすることも可能です。

 コロナ禍で日常的に講義が録画され配信されるという状況を奇貨として,2020年度から本システムの本格的な導入を始めました。留学生は入学後最初の2年程度で日本語を一定程度習得するという前提に立ち,本事業では1,2回生向け工学部科目と一部の全学共通科目を収録対象としています。2023年度末で43科目の講義に対して実施済みで,必修・◎科目を主体とした科目数を分母とした達成率は38%です。教員の交替や教科書の変更によって撮り直しを行っている講義も多数ありますが,こちらは達成率には勘定していません。講義動画は本システムを共同開発している(株)アドバンスト・メディアのサーバーに格納され,「講義動画アーカイブ:ELSA(Engineering Learning Support Archive;エルサ)」と呼称しているアーカイブから随時視聴することが可能です。受講生はPandAに貼付されたリンクからアクセスしなければ視聴できない仕組みになっていますので,仮に講義動画のURLが外部に漏れたとしてもURLをブラウザに貼り付けるだけでは視聴は一切できません。公開対象は必ずしも受講生全体でなくてもよく,講義担当教員の判断でiUP生あるいは留学生への限定公開などの制限も実施できます。講義動画の各コマ単位の公開制御も,担当教員が1クリックで行えます。日英字幕付き講義動画は,留学生の日本語学習や日本人学生の復習,補習,予習に活用されているほか,担当教員の判断のもと,要支援学生に対する利活用も行われています。講義採録翌年度からは,講義前に次回実施コマの講義内容を事前公開しておくことができるため,反転授業に利用可能となっています。また,字幕化によって講義内容がテキスト化されたため,それらを活用したコーパス(単語帳)も作成され,留学生の語彙学習に活用されています。

 講義担当教員にとって,講義動画の字幕化にかかる作業は簡便なものになっています。PCやタブレットで講義を録画し,それを専用サーバーにアップロードして頂くことで,ほぼ全ての作業が終わります。システム上で自動音声認識され,人手による日本語字幕修正が行われ,機械翻訳された段階で担当教員に確認依頼の連絡が来ます。日本語・英語字幕は後ほど教員が手修正することもできますが,そのままで良ければ確認のクリック以外に何もする必要はなく,アップロードから公開まで最小で数クリックで済みます。但し,日本語の精度を上げるために字幕の補正を人が行っているため,アップロードから公開可能まで,概ね2週間程度かかります。

 安定的運用を続ける一方で新しい取り組みとして,近年急速に発展するGPT-4に代表される大規模言語モデルを本システムに導入しています。人による日本語字幕の修正は時間とコストがかかる過程ですが,この処理をGPT-4に代替させることで,公開までの大幅な高速化と費用の低廉化を実現しています。また,講義内容に即した章分けや,章ごとのタイトル付け及び要約の付記など,GPT-4による様々な機能を利用することができます。現在は試験運用段階で一部の講義にしか適用しておりませんが,早期に本格的なロールアウトを行い,教員と学生の利便性を一層向上させていく所存です。

 本事業へのご理解と益々のご協力をどうぞよろしくお願いいたします。

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講義動画字幕システム視聴時の画面(動画提供協力:河瀬元明先生)