学生時代の思い出と近況

仁井 大策

仁井 大策私は1996 年に工学部建築学科に入学しました。建築学科と聞くと、見栄えの良い設計図面やパソコンの画面に映るグラフィックを見ながら、斬新でお洒落な建築物をデザインするための勉強をする学生の姿を思い浮かべる方もおられると思います。かくいう私も恥ずかしながら、建築学科を志した動機は、建築家となり、自分で描いた図面を片手に「あの建物は俺が造った」と周りに自慢したいという夢があったからでした。

ところが、いざ入学してみると、図面をすらすら描けるようになるどころか、建築デザインに対する意欲がどんどんなくなっていきました。私にとって、製図の演習は面倒くさいものでしたし、建築計画概論といった授業は哲学的すぎて理解ができないものでした。今となっては、衣食住の「住」を司る建築物の設計図面が片手間でできるものでは困りますし、格好いい建築とはなんぞやということを導く方程式はなく、その設計思想を言葉や図面を使って説明しなければならないことは理解できるのですが、当時の(今でも?)浅はかな私は覚え立ての麻雀やお酒、アルバイトに明け暮れ、ダメ学生が進むべき道を邁進していました。一時は卒業も危ぶまれる状況でした。

4回生になって、何とか建築設備・室内環境の研究室に配属させていただきました。昨今非常に注目されている省エネルギーや省CO2、快適な居住環境に関するいくつかの研究テーマを提示していただきましたが、特にこだわりの無かった私は省エネなどにはほとんど関係ない建築防火の研究テーマに取り組むことになりました。これが私の性に合っていたのだと思います。熱力学や流体力学等の数式や実験によって具体的な値としての答えを出すスタイルは受け入れやすく、何より建築工学の中ではマイナーで研究者が少ない分野なので、偉い先生方にもすぐに顔と名前を覚えていただけるのはうれしいことでした。大学院に進学後も、指導教官の懇切丁寧な、時には殺気だった指導をいただきながらの学生生活は非常に恵まれており、幸せな時間だったと思います。

そんな学生時代を経て、私は現在、国土技術政策総合研究所という国土交通省の研究機関で、建築基準法の技術基準、特に防火基準を作る仕事をしています。わかりやすくいうと、「火災で建物が壊れないように○時間以上の火災に耐える壁・柱で建物を造りなさい」、「火災時に安全に避難できる建物かどうかを確かめる方法はこうですよ」といったものです。この職業を選んだ今では、入学前に夢見た見栄えのよい建築物をデザインすることはなくなりました。形として社会に残ることはないし、「あの建物は俺が造った」と自慢することもできません。そもそも、未だに建築図面を描くことができません。しかし、目に見える形ではないにしろ、今の職場での私の成果によって建築基準法(のごく一部)が変わるわけですから、世の中全ての建築物に私の成果が反映されていると心の中でこっそり自慢できるのではないかと考えています。これは少しだけ入学前の夢に近いものだと感じています。

(国土交通省国土技術政策総合研究所 建築研究部防火基準研究室 主任研究官)