土木の中にナショナリズムを探求する

中野 剛志

中野 剛志私が所属する工学研究科都市社会工学専攻(交通行動システム分野)は、藤井聡教授の下、次のような理念を掲げています。「“土木計画”は、インフラを見据えながら、「社会」の在り方を考え続ける行為です。だから、土木計画“学”は、「社会」を見据えた学問でなければなりません。藤井研究室はこうした認識の下、心理学や政治哲学、法律学、社会学、経済学などを総合的に援用しながら、様々な実際問題を考える、実践的な社会科学研究を進めます。」

私は1996 年に東京大学を卒業後、経済産業省に勤務していましたが、こうした学際的な研究理念に共感して、2010 年より、ここで研究をしています。私の研究は、政治哲学、社会学、経済学といった社会科学が主な領域になりますが、特に研究テーマを絞るのであれば、「経済ナショナリズム」ということになります。「経済ナショナリズム」とは、簡単に言えば、経済社会を動かす主要な原動力は国民であるという世界観をもち、また、国民の社会的能力である「国力」の維持と発展を目的とする政治経済思想のことだとお考えください。

実は、この「経済ナショナリズム」は、土木計画と密接に関係しています。なぜならば、第一に、土木計画の目的は、社会資本を整備することを通じて、国民の社会的能力を高めることにあるからです。土木計画とは、言わば経済ナショナリズムの政策手段のひとつなのです。そして、第二に、土木計画の具体的な実施にあたっては、例えば国民の税負担を基礎とした巨額の財政支出を必要とします。あるいは、区画整理においては、公共目的のために、国民の私権を制限する必要があります。いずれにせよ、土木計画の実施にあたっては、国民全体のための負担や犠牲に同意し、協力する国民意識、すなわちナショナリズムが必要です。

このように、土木計画を単なる理論や計画書ではなく、公共政策として実現しようとしたとたんに、ナショナリズムの問題にぶつかります。ナショナリズムというと、悪いイメージがつきまとってきましたが、ここ三十年間、イギリスを中心に、ナショナリズムの社会学的な研究が飛躍的に発展し、理解が進みました。政治哲学においても、世紀が変わる頃から、ナショナリズムが積極的・肯定的に論じられるようになってきました。

ところが、ナショナリズムと経済の関係については研究が進んでおらず、まして土木計画との関連については皆無に等しいと言っても過言ではありません。私は、イギリスを中心として発展してきたナショナリズムの社会学や政治学を基礎にしつつ、それを経済社会学や政治経済学と融合することによって、経済ナショナリズムの理論を構築してきました。現在は、この経済ナショナリズムの理論を土木計画学に応用することを目指しています。

おそらく、このような研究を行っている研究室は、世界でも他にはないだろう。私は、そのように自負しています。

(准教授・都市社会工学専攻)