古墳の保存環境について

小椋 大輔

小椋 大輔私は、建築環境工学分野、特に、室内空間、建築壁体、文化財における熱湿気挙動の予測や環境制御に関する研究を行っています。ここでは、最近、取り組んでいる古墳の保存環境に関する研究について、高松塚古墳を対象に行ってきたものをご紹介したいと思います。

高松塚古墳は、1972 年の発掘調査時に漆喰の下地の上に描かれた極彩色の壁画が発見されました。古墳は7世紀末から8世紀初頭に築造されたものと推定されております。発見された壁画は、現地で保存することが決定され、発見以前の石室内環境を維持する目的で、石室南側に前室を設け、そこの温度を制御する保存施設が建設されました。1976 年から保存施設が稼働しましたが、徐々に石室内温度が上昇し、2001 年に、石室内でカビが大量発生し、その後、カビの発生を止めることができず、2005年に石室の現地保存を断念し、2007 年に石室が解体されました。現在、壁画は修理が行われています。
1200 年間以上、現地で保存されてきた壁画が、発見後約30 年間で、急速に劣化が進行してしまったのです。

この古墳壁画の劣化の主な要因としては、カビ等微生物発生による壁画の汚損と、乾燥収縮による漆喰層の剥落があります。カビ発生は温湿度と強く関係があり、また乾燥収縮は湿度と関係しており、石室内の壁画は、温湿度環境の影響を大きく受けると考えられます。

高松塚古墳の発掘時・直後、保存施設稼働による現地保存、石室解体といった過程における、石室内の温湿度環境が、どのような状態にあったのか、また、特に保存施設稼働時に、なぜ石室内温度が上昇したのかについて明らかにすることを目的として、熱水分同時移動方程式を用いた解析モデルを作成し、過去の推定を行ってきました。

主な結果として、保存施設の稼働期間の石室内温度の上昇は、外気温の上昇に加え、保存施設や機械室の熱の影響や、壁画の点検、修理、カビ処理のための石室への人の出入りが多くなったこと、墳丘部の植生を伐採し防水シートを設置したこと等が複合的に影響した可能性が高いことが明らかになりました。壁画を守るべくとられた方策が壁画の劣化を進行させた可能性があったということは、皮肉な結果であり非常に残念でありますが、この予測が大変難しい問題であることも同時に示していると思います。

古墳の保存環境について漆喰層の上に壁画が描かれている古墳は、高松塚古墳の他に、キトラ古墳しか発見されておりません。いずれも現地保存ができなくなり、前者は石室解体され、後者は壁画の剥ぎ取りが行われました。これらを踏まえて、私は、第3の高松塚古墳が発見される場合に備えて、劣化進行予測を含めて、適切な環境制御手法を明らかにしていきたいと考えております。

また、九州北部、関東北部から東北南部の地域には、石室内の石材表面に彫刻や描画が行われている装飾古墳と呼ばれる古墳が、約600 基存在します。これらは現地保存され、いくつかの古墳は定期的に公開されています。現在、これら現存する古墳の現状の解析を始めた所ですが、古墳の保存と公開を考慮した環境制御手法の提案を行い、上記課題の解決にも結びつけていきたいと考えております。

(准教授・建築学専攻)