ダイアログで描く都市

建築学専攻 助教 太田 裕通

太田助教  9 年間本学の学生として過ごし,2018 年4 月から助教に着任し現在に至ります。そしてこの3 月に博士の学位を授与されました。自身の中でも一区切りがつき,これまでを振り返ると共に新たなスタートラインとしてこれからの研究・実践計画を思い描きながらこの文章を書いております。

 私の専攻する建築学は計画系・構造系・環境系と分かれており,私は計画系の研究者です。建築設計でも地域づくりでも具体的な都市・地域の現場から出発するのがこの分野の性で,その地域の文脈や実態をどのように把握し次の計画へ進めるのか毎度頭を悩ませます。私の研究は,人々が抱く「価値」や「意味」を都市・地域構造との関係で理解し(これを「都市認識」と呼んでいます),将来の発想や評価に展開する介入の理論・方法開発です。居住者が価値づけていることを高めるように,居住者と共に都市デザインを導くことを「居住のデザイン」と呼んでおり,介入者と地域の居住者によるダイアログ(dialogue)の方法である「描画対話法」を開発してきました。ここでのダイアログは「結論を急がずにお互いが持っている想定をひたすら出し合って保留し新しい意味を共につくりあげる営み」のことです。これは物理学者D・ボームが再定義したダイアログであり,ボーム・ダイアログと呼ばれ組織論や集団思考等の分野でよく参照・応用されています。
 これまでのフィールドは京都・西陣地域とインドネシア・ジャカルタです。西陣織で有名な都市内産業地域である西陣はその産業縮小に伴って街並みが大きく変化してきました。実際の産業の担い手である居住者らとの描画対話法を通して,平安期以降の市街地形成過程や職人の生業や経験によって裏付けられた時空間的な価値づけ領域が得られました(fig.1)。

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fig.1 居住者による多様な西陣の価値づけ領域


 一見,認知地図やイメージ研究のようですが,被験者がモノローグで描いたものではなくダイアログにおいて断片化した情報から居住者と共につくりあげたものです。つまり,事前に操作可能な基準尺度を想定するやり方では取りこぼしかねない居住者が抱く曖昧な認識を,ダイアログによって他者が可能な限り描画し,共有していくアプローチです。一般的なイメージとは異なる,居住者によって描かれる“西陣”の姿と仕組みから,産業としての“西陣”と地域社会としての“西陣”の使い分けや,街並みからは判断できない現存する西陣らしさを明らかにしました。
 ジャカルタでは行政によって強制立ち退きに遭い現在シェルターに暮らす都市集落(Kampung Akuarium)の居住者らと対話し(pic.1),彼らが思い描くミクロな価値づけ領域である「自地域」の姿を明らかにしました。描画対話法によって一見無秩序にも見えるような風景も,実は居住者が「自地域」への貢献しようと手を加えた結果であったり(pic.2左),コミュニティ内でしっかりと管理されていたり(pic.2 右),自律的な秩序を見出すことが出来ました。つまり,スラムとレッテルを張られていた都市集落におけるダイナミックな自己組織化の仕組みを解明する糸口が示されたのです(pic.3)。
 今後益々これまで注目されてこなかった地域やどのように評価したら良いか判断が難しいような地域,あるいは固定的な見方や価値の押し付けから多様性を失う可能性がある地域等も含めて,一律に基準を設ける計画ではなく,持続的で固有性の高い都市・地域づくりが求められると思います。そこでは事前に先入観を持たずに現場でその都度対話をしながら課題自体を発見していくような方法が必要であり,本研究は萌芽的ではありますが,一つのやり方を示すことができたと思っています。
 今後この方法に基づく設計や計画への展開を探求したいと考えています。

(建築学専攻)

 

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pic.1 Kampung Akuarium でのダイアログの様子

 

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pic.2 一見無秩序に見える風景も管理されている

 

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pic.3 スラムと見なされがちな都市集落のダイナミズム