「遠隔地」の附属研究教育施設を考える17年

名誉教授 田中 宏明

田中先生 2003年10月に,京都大学工学研究科に着任して17年が過ぎました。場所は,大津にある附属環境質制御研究センターでしたが,京都大学が国立大学法人に移行した1年後の2005年4月に,「附属流域圏総合環境質研究センター(以下,センター)」に改組され,新たにスタートすることになりました。
 センターの起源は,1971年に設立された,京都大学衛生工学科「水質汚濁制御シミュレーション設備」に遡ります。当時,大津市公共下水道の終末処理場(現在の水再生センター)の運転開始にあたり,大津市より隣接する土地を貸与することで技術指導をお願いしたいとの申し出があり,当時の文部省に特別設備として認められたと聞いています。1985年には,文部省から京都大学工学部「附属環境微量汚染制御実験施設」として研究室の配置が初めて認められ,1995年には,改めて文部省から2研究室体制と客員研究員の3研究室からなる「附属環境質制御研究センター」に拡充されました。現在のセンターは,その体制のまま継続し,環境質の研究分野で世界をリードする先端研究をさらに展開させるとともに,国際研究拠点として積極的に情報発信と収集するとともに,国,地方公共団体などの行政や学内外の研究組織と共同を推進し,学生への教育を通じたインターブリッジシップの実施などを展開することとなったものです。
 センターの開所式を2005年5月に行いましたが,取材に来られた記者の方から「新設されたと聞きましたが,施設はどこが新しいのですか?」という質問を頂いたことは,今も記憶に残っています。というのも,当時,センターの建物は設置後,34年経過したため,老朽化が進み,また1995年の組織の拡充当時に,それに見合った建物が増床されず,プレハブの建物を建て増して凌いでいました。核心を突く質問のとおり,建物の改築,増床が大きな課題でした。その解決のため,センター長であった武田信生先生のご指導の下,大学本部,工学研究科や地域の行政等の多くの方々からご支援いただき,2007年3月,実験棟の新設と研究棟の改築ができました。幸運なことに,その頃工学研究科が,吉田キャンパスから新しい桂キャンパスへ移転の最中で,吉田キャンパスに空きスペースがあり,大津から4か月ほど一時移転させていただくことができました。その結果,国から調整費の予算が認められたあと,6か月の短い期間で,吉田への引越,設計,施工,大津への再引越を無事完了することができましたが,一時移転の時期が12月で,卒論,修論の真最中であったため,学生たちに大きな負担がかかったのは,大変申し訳なかったと思います。
 センターは,京都には近いですが,キャンパスから離れた「遠隔地」にあるため,授業や会議での桂キャンパスや吉田キャンパスへの移動に加えて,書類の受け渡し(学内便は吉田止まり),インターネット・セキュリティ,警備,施設の修理・修繕,廃棄物処理,建物の掃除や敷地の草刈り,樹木伐採などセンター独自に対応する必要があります。また敷地への部外者が不法駐車や,夜間の立入りとか,インターネット・セキュリティがキャンパス内より低く,攻撃を受けやすいとか,着任当時は様々な問題が発生しました。事あるたびに,工学研究科のご支援とセンターの教職員・学生皆さんの努力で,トラブルを解消し,次第に研究・教育基盤と環境が充実されるようになっていきました。
 このような基盤の充実のおかげで,都市環境工学専攻(以下,専攻)と連携し,グローバルCOEの人間安全保障工学拠点の形成,科学技術振興機構(JST)振興調整費の環境マネジメント人材育成国際拠点(EML),文部科学省の国際連携による地球・環境科学教育(京都大学,マラヤ大学,清華大学と遠隔授業)などの推進にあたって,センターは大きな役割を担うことができました。また,科学研究費補助金に加えて,JSTの戦略的創造研究推進事業や未来社会創造事業,環境省の環境研究総合推進費,国土交通省の建設技術研究助成制度や下水道革新的技術実証事業などの国の競争的資金による研究プロジェクトも数多く推進できました。これらの研究成果である,人の排泄物や生活排水に含まれる内分泌かく乱性,生理活性を有する生活関連物質,病原微生物の下水,下水処理,放流先水域の存在実態,それらのヒトや水生生物への影響評価,影響削減のための制御技術の開発やその結果可能となる水の再利用技術の開発は,まさに下水処理場や琵琶湖に隣接する施設であることで実施できたものです。さらに下水道施設の老朽化や気候変動に伴う雨天時の未処理下水の環境影響の制御にも取り組みましたが,この課題はセンターが誘致された時点からの琵琶湖と下水道との課題の延長線上に出てきたものです。まさに現場にいるセンターが取り組まずして,解決はできない課題だと思います。このように,センターは,大津水再生センターに隣接し,琵琶湖にも近いという地の利は,水に関わる環境研究を行うために,大変魅力的です。この特長は,日本のどの研究機関にも真似ができないもので,世界でも稀な研究教育施設だと思います。このことで産官学を通じた共同研究に繋がってきたと信じています。
 センターの研究活動に関心を頂いた大学や民間企業などと多くの共同研究を行い,地元の国や地方公共団体はもちろん,国内外の産官学とも連携いただけました。センターが持つ客員研究員の方々のおかげで,英国,米国,中国,マレーシア,タイなどとの研究交流を活発化し,センターや専攻の教員の国際活動を活発化してきたと思います。また,客員研究員の講義や研究指導は,学生さんの海外への関心の目を広げてきました。センターの学生さんの多くは,海外の大学への正規,長期あるいは短期の留学やインターンシップを経験しています。
 「遠隔地」の附属施設の運営経験は,センターや専攻を中心とした海外拠点の形成にも生かすことができました。武田信生先生や津野洋先生が中心となられて,2005年に設立された京都大学―清華大学環境技術共同研究・教育センター(以下,日中センター)は,中国広東省深圳市にあります。民間の企業の方々からのご出捐により,3年間の寄附講座の活動後,私は日中センターの活動を引き継ぎましたが,幸運にもGCOEやEMLの海外拠点として,さらに5年間,発展的に活動できました。これらのプロジェクト終了後も,清華大学と民間企業の方々のご支援を頂いて,日中センターを継続できました。その結果,京都大学の教職員を現在まで,「超遠隔地」に派遣し続けています。ここでも,2016年,清華大学の建物新設に伴い,日中センターの引越しと改装工事を現地で行うことになり,海外での事務手続きを工学研究科事務部の方々にお世話になりました。また毎年,日中センターあるいは京都で,工学研究科と深圳国際研究生院とのシンポジウムを24回に渡って行っています。専攻の先生方と連携した,両大学の短期の学生交流はすでに200名を超え,それを体験した清華大学の学生が京都大学に留学し,学位を取得後,京都大学の教職員になり,日中センターや中国の教育研究機関に戻って活躍する人も数多く出てきています。清華大学との共同教育は,派遣している教員のクロスアポイントメント,ダブル・ディグリー制度の発足,両大学の事務職員の相互交流へと発展しています。また,これまで日本側の企業団が,京都大学を介して日中センターを支援する形態から,日本の企業が清華大学を介して支援する,逆に中国の企業が,京都大学を介して日中センターを支援する形にも発展し,中国企業の研究者を,大津のセンターで共同研究者に受入れる段階に至っています。日本と中国の産官学の連携が,日中センターとこの大津のセンターを介して始まっていると感じています。2018年12月,これまでの日中センターの活動が認められ,京都大学オンサイトラボラトリーとして認定されたことは,大変喜ばしいことでした。
 環境分野では,様々な学際領域の研究や関連する学問分野が複雑に交錯しています。何とかこれまで研究,教育を行えたのは,優秀な研究室やセンターの教職員や学生さん,専攻,工学研究科の教職員に支えられてきたおかげです。さらに京都大学着任当初から「附属」研究教育施設で活動できたからなのかもしれません。附属は,主になるものに付き従っていることを意味しますが,同時に「アドホック」な活動ができる点は強みです。これからも,「遠隔地」の附属研究教育施設としての利点をうまく利用し,センターは発展していってもらうことを強く望んでいます。このため,京都大学の本部,工学研究科,専攻,さらにセンターの教職員の方々のご支援と,センターに関連する国,地方公共団体,民間企業,地域の住民の方々のご支援を是非よろしくお願いいたします。

(元都市環境工学専攻)

流域圏総合環境質研究センターでの草刈り後の写真(2019年6月)
流域圏総合環境質研究センターでの草刈り後の写真(2019年6月)

2019年日中環境技術共同研究・教育シンポジウムの集合写真(2019年12月)
2019年日中環境技術共同研究・教育シンポジウムの集合写真(2019年12月)