学部長あいさつ

椹木先生学部長写真 来年の2022年、京都大学は創立125周年を迎えます。1897(明治30)年6月18日、京都帝国大学が創立され、理工科大学(理学部と工学部の前身)として京都大学はスタートしました。その意味では京都大学の歴史は工学部の歴史でもあります。理科と工科を一つにまとめた背景には、基礎と応用を一体化させたいという狙いがあったとも言われていますが、このことは現在の工学部・工学研究科において、創立以来受け継がれている伝統です。

 ところで、工学のミッションとは何でしょうか。しばしば工学は、科学や技術に対してどう違うのかが問われます。科学は普遍的法則の認識、すなわち宇宙を構成する基本的な自然法則の理解を主眼に置くものです。また技術は、役に立つ機能を持つ具体的システムを作り上げる実践を意味します。これらに対して工学は、技術における特定の目標をもった科学の体系化された知識の集積で。実は工学が学術分野として発展を始めたのは世界の中でも日本だけがもつ特徴なのです。engineeringを「工学」と訳出したことで、我が国では学術としての位置付けが明確になり、工学部は他国に先駆けて大学のなかで主要な地位を占めることができました。京都大学の創立からもこの事実は見てとれます。

 工学は広い意味では人工物を扱う学術分野です。では人工物の定義とは何でしょうか。人工物とは“人が作ったもの”、という定義でしょうか。これにはもう一つの重要な人工物の特徴が抜け落ちています。それは、“人が使うことを想定したもの という特徴です。使われなければ人工物にあらず、したがって工学が特定の目標をもった科学と称せられる所以です。人工物には必ずその構造の中に、ある機能が託されています。人類の誕生とともに人工物の歴史は始まります。元東京大学学長の吉川弘之氏によれば、古代の人工物は信仰を外在化する表象のための人工物として、そしてその後、生存のための人工物、利便のための人工物として、さらに現代では持続のための人工物として変遷を遂げてきているとされています。

 いま国際連合が主導して人類にとっての持続性の議論、すなわち、Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称でSDGs(エス・ディー・ジーズ)が議論されていることはご存知でしょう。SDGsは2015年9月の国連サミットで採択されたもので、国連加盟193カ国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた17項目にわたる目標と、その下に169のターゲットが挙げられています。このほとんどすべての開発目標において、すべからく工学が関与しています。SDGsの本質は、17の目標が相互に関連しており、それを包括的に解決することが本当の意味で解決に向かうことになるのでしょう。このことは、私たちが棲まうところの ”地球” というシステムが、個と全体の相互関連のなかで全体を構成し、時間の経過のなかで環境と調和を保って一定状態(定常状態)を維持していることを意味します。このため、その一部が破壊されると、それは単に一部の破壊にとどまらず、相互関連的にそれを含むよりグローバルな全体にまでも波及する恐れを秘めていることになります。工学に従事する皆さんには、ぜひこのようなグローバルな視点に留意してもらいたいと思います。

 工学部には、地球工学科、建築学科、物理工学科、電気電子工学科、情報学科、工業化学科の6つの学科があります。それらの学科で、ダムや交通網の設計、水処理や廃棄物処理、防災、建物やインテリアの設計、ロボット開発、電気回路、量子コンピューティング、人工知能、新たな物質の創製、微生物・生命のことなど多種多様なことが学べます。

 工学部の4年間のうち、1・2回生で、6つの学科に共通する全学共通科目と呼ばれる教養科目、それに英語などの外国語科目や、理系全般にわたる基礎科目を主として履修します。一方で、それぞれの学科特有の専門科目も1回生から少しずつ提供され、学年の進行とともにその重みが増していきます。4回生になると、皆さんは研究室に配属され、特別研究(卒業研究)という研究課題に一人ひとりが取り組みます。この特別研究は皆さんにとってとても重要なもので、学士という最初の学位を手にするための関門となるものです。

 あらゆる問題には答えが用意されていて、その答えが寸分違わず出せるものであり、答えがないと困る受験勉強に従事してきた皆さんにとっては、4回生での特別研究はこれまで経験してきたことのない初めての試練となることでしょう。特別研究は、まだ答えが見出されていない世界を対象にしなければならないことを知る貴重な機会です。答えが用意されていないが故に、その不安をかき消すための働きが引き出され、かつ涵養されます。知らない世界に遭遇し、初めての状況とのかかわりの中で、どのように行動し対応していかねばならないかを考えさせられるのが特別研究です。皆さんはこの特別研究を配属される研究室で実施することになります。効率的に「教え込む」ためのカリキュラムを核にした教育システムがある一方で、「教えられない」教育、すなわち学ぶ側の解釈の努力が引き出され、どう振る舞うかを考えさせられるもう一つの学びのあり方を体験するのが、研究室での学びです。京都大学創立以来の伝統であるフィールド研究という手法に託された学びの特徴でもあります。ぜひ皆さんには、それぞれの研究のフィールドを自らの足で自由に駆け巡り、未知との遭遇を楽しんでいただければ幸いです。