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研究科長あいさつ

椹木研究科長.png 今日私たちが直面している新型コロナウイルス感染拡大は、人類に対して新たなウイルスとの共生環境圧を生み出し、働き方から生活様式に至る様々な局面での新常態「ニューノーマル」の新しい社会への転換を迫ってきています。このような時代において求められる工学の役割は甚大です。社会の中で求められる工学として、「社会の声を聞く」ことのニーズ、すなわち工学が社会の「価値」を判断していかねばならないこと、そしてそのうえで「社会をデザイン」するという視点が工学には欠かせなくなります。いまや科学技術の対象は単体の人工物や一個人ではなく、さまざまな当事者で構成される社会であり、その手段は多数の相互作用が織りなす複雑なフィードバック構造の理解と設計であり、そして目標となるのは時空間を超えて人々を生かし自然を生かす調和を奏でる社会のデザインです。

 来るべき将来の社会を集約した用語として「デジタル・トランスフォーメーション(DX:Digital Transformation)」[1]が最近よく言及されます。その内容は「進化し続けるテクノロジーが人々の生活を豊かにしていく」とされ、一企業の取り組みを超えた社会的な変革を意味します。その特徴は「人間中心・生活中心」への回帰であり、「個人」から「社会」を対象とし、人々の豊かな「生活」を目標に打ち出している点が特徴です。このような社会課題を解決できる人材に求められるのは、膨大なデータの処理や解析のための能力だけではありません。むしろ、データの背後にある自然現象や、生産活動・生活活動の人間事象における潜在的な関係性や因果性を明らかにできる能力です。サイバー世界に軸足が置かれがちなSociety5.0構想やこれからのDXを現実化するためには、既存の情報やデータの利活用のみならず、情報やデータを新たに作り出せる現場領域との連携が不可欠になります。そしてそれに答えていけるのが工学なのです。工学で育てられる人材は、社会にとって「何を作るか」が重要かということと、それを「どう作るか」ということの双方に対する感性に優れ、より広く、より高い考えにより課題解決に取り組める人材なのです。

 ところで、工学の教育・研究を支える二本柱は基礎研究と応用研究です。基礎研究とは、実験的研究と数学的解析を結合して得られる知識が主役になるもので、「優れた理論は実用的である」と言われる通り、工学には不可欠な柱です。一方、応用研究の柱も重要で、これは単純に基礎研究の成果を応用する研究という意味ではありません。それ以上に重要なのは、抽象性と具象性の間の橋渡しを行うことが応用研究の使命です。自然の個別現象を理解するだけでなく、その普遍化された理論を見出し、多くの人々と共有することが必要になります。このためのツールとなるのが「モデル」です。モデルを駆使することによって、またモデルを共通言語として活用することによって、目の前の個別現象のみならず、それ以外にどのような現象が起こり得るのか、そしてモデルを介しての類推(アナロジー)によって異なる分野の理解能力(普遍化能力)を手にすることができるのです。

 現在、本研究科は、17専攻、8センターで構成されています。大学院生の皆さんは、各専攻やセンターの研究室にそれぞれ配属され、教員の指導のもと特定の研究課題に取り組みます。その中で皆さんは、専門的な知識を学修し、研究の遂行能力・研究成果の論理的説明能力をはじめ、多様な能力を培っていくことになります。各専攻やセンターにどのような研究室があるのか、その研究室でどのような研究が行われているのか、については各専攻やセンターのウエブサイトを是非見てみてください。実に様々な研究がなされていることがわかります。その間の共通項など、いくら見ても見えない、と感じる人も多いかもしれません。わかってもらうためには情報を発信する側にも、そしてその情報を受けとる側にも、読み解いてやる、理解してやる、という能動的な思いが必要になるのです。単純に自分の興味に含まれるか否かで理解を諦めてはいけません。研究を通しての大学院での学びの本質もここにあります。わからないと思っていた対象に対して、思わぬ共通性が見出せたときの喜びは格別なものとなります。このことは、研究対象のみならず、皆さんが大学院で交わることになる学生の皆さんや教員の先生方に対しても同じかもしれません。工学では、それぞれの専門分野で提供されている科目群のみならず、学術研究における高い倫理性や国際性を育むための大学院共通科目や課外活動も提供しています。最高学府たる大学院での学びとして、日々自身の専門とする研究と併せて、このような講義の受講や海外を含む課題活動を通じて、もう一つの自分自身を再発見できる時間を見出して貰えるならば幸いです。



[1] Erik Stolterman & Anna Croon Fors: “Information Technology and the Good Life,” January 2004
DOI: 10.1007/1-4020-8095-6_45
http://www8.informatik.umu.se/~acroon/Publikationer%20Anna/Stolterman.pdf