電子工学専攻の木本恒暢教授のSiCパワー半導体紹介記事がNature Electronics誌に掲載されました。
炭化珪素(SiC)半導体を用いた電力用素子(パワーデバイス)の実用化が進み、顕著な省エネ効果が実証されています。このSiCパワーデバイスを実質的に開拓したのは京都大学と言って過言ではありません。この度、電子工学専攻の木本恒暢教授のSiCパワーデバイスの黎明期を紹介した記事がNature Electronics誌のReverse Engineeringコラムに掲載されました。
当該コラムは、エレクトロニクス分野で社会に大きな革新をもたらしたデバイスや技術を取り上げ、主な発明者が発明当時の状況を解説するものです。これまで半導体メモリ、DVD/CD、リチウムイオン電池などが紹介されてきました。今回の木本教授の記事掲載は、IGZO薄膜トランジスタ発明の記事を書かれた東京科学大学(前 東京工業大学)の細野秀雄栄誉教授についで日本人として二人目です。
掲載記事の概要
「私達はどのようにして1,000V耐圧のSiC素子を実現したか」
私は1990年に民間企業から京都大学の松波弘之教授(現 名誉教授)の研究室に戻りました。松波先生は炭化珪素(SiC)半導体の世界的なパイオニアで、1987年に世界で初めて高品質のSiC結晶を成長する手法を提唱されていました。1990年当時、SiC半導体研究の主な目的は青色発光ダイオードと高温動作デバイスでした。特に青色発光ダイオードの研究開発は世界中で注目され、窒化ガリウム(GaN)、セレン化亜鉛(ZnS)、SiCが候補としてしのぎを削っていました。
SiCの結晶成長と青色発光の研究をしていた私は、好奇心から自作のSiC試料に高電圧を印加する実験を試み、この試料が約300Vという予想外の高電圧に耐えることを見出しました。翌年、富士電機から漆谷多二男さんが研究員として出向され、共に高耐圧SiCダイオードを目指した研究を始めました。窒素不純物の取り込み抑制による高純度化、独自手法によるSiC表面の研磨歪の除去などの地道な努力の結果、1992年に耐電圧1,100VでSiの理想特性を約20倍突破するSiCダイオードの試作に成功しました(1993年の国際会議で発表)。
同じ頃、もう一つのブレークスルーに恵まれました。SiC青色発光ダイオードの研究を始めながら、私は新たな発光中心を導入しないとライバルの半導体材料(GaN、ZnS)には勝てないと考え、従来とは異なるメカニズムで発光するセリウム(Ce)不純物をSiC結晶成長中に添加する実験を当時学生だった伊藤明さんと始めました。1990年末、できたSiC結晶の色を見て私達は驚きました。通常はエメラルドのような緑色だったのですが、Ce添加によりできたSiC結晶は琥珀色だったからです。早速、結晶構造の分析を行ったところ、当時一般的だった6H型SiCではなく、4H型であることが判明しました。当時は4H型SiCの物性は未知だったので、当時学生だった秋田浩伸さんと共に4H型SiCの物性評価の研究を進め、4H型が従来の6H型に比べて2倍以上高い電子移動度を有することを発見しました。
そこで、大学院生になった伊藤さんと共に4H型SiCを用いたパワーデバイスの研究を始め、1993年末に耐電圧が約1,000Vで、Siの理想特性より150倍優れた特性を有するSiC(4H型)ダイオードを作製することに成功しました(1994年の国際会議で発表)。
現在、SiCパワーデバイス(全て4H型)は電気自動車(テスラ、トヨタ、現代など)、電車(新幹線、東京メトロ、JR山手線、環状線、京都市地下鉄、阪急など)、エアコン、太陽電池用パワコン、産業用ロボットや電源に搭載され、大きな省エネ効果を発揮しています(今年の市場は約5,000億円)。今後、SiCパワー半導体技術がさらに進展して普及が加速し、省エネ効果も拡大してエネルギー問題に貢献することを期待しています。
関連リンク
木本恒暢 京都大学教育研究活動データベース