地球温暖化時代の洪水災害研究に取り組む

助教 田中智大

田中先生 2008年に工学部地球工学科に入学して以来,京都大学で学び続け,はや13年が過ぎました。2016年に水文・水資源学分野立川康人教授の下で学位を取得し,2017年より社会基盤工学専攻応用力学講座の助教に着任しました(地球環境学堂と兼務)。専門は土木工学で,特に気候変動下における洪水災害リスクの予測と対策に関する研究・教育活動を行っています。専門外の方に「洪水災害を研究しています」と紹介すると,「洪水は昔から起きているでしょう? 何を研究するの?」と質問されることがあります。本稿では,時代の変化により生まれる新しいテーマとして現在私が取り組んでいる洪水災害研究について簡単にご紹介し,自己紹介とさせていただきます。
 洪水を含む自然災害の「災害」たる所以の一つはその変動の大きさにあります。地球温暖化以前から気候は変動し,大洪水をもたらすことがあります(変動と区別するため気候変動を気候変化と呼ぶこともあります)。寺田寅彦先生の「天災は忘れた頃にやってくる」はあまりにも有名な言葉です。そのため,ダム建設等の河川整備基本方針を策定する際,整備対象の洪水規模を100年に1回の再現期間といった確率で定め,対応する降水量を極値理論と呼ばれる統計理論に基づいて推定します。その後,その降水が河川に流れる物理過程を降雨流出解析・洪水氾濫解析等の水文・水理学的解析によって推定します。
 近年,毎年のように記録的豪雨が発生し,甚大な被害をもたらしています。将来,気候変化によって洪水が激甚化すると,一つの河川だけでなく,複数の河川が同時氾濫して復旧の遅れやサプライチェーンを通した経済的被害など影響が長期化します。現在は,多数のアンサンブルをもつ最新の気候変動予測結果を基に日本全国のすべての一級水系109河川流域を対象にした洪水の数値シミュレーションを行い(図1),計算結果から多次元の極値理論に基づいて同時氾濫の確率を推定する新たな統計解析手法の開発に取り組んでいます。さらに,気候変化に伴って洪水対策の考え方も多様化し,洪水危険度を考慮した都市開発,自然災害保険の普及など多様な対策がより本格的に検討されています。都市計画的な対策を行った場合の効果を見積もるため,マルチエージェントモデルに基づいて住民一人ひとりの住居の意思決定を表現するミクロ経済モデルの開発にも着手しています(図2)。

図1.東日本全体を対象にした気候変動下の極端洪水の計算例
図1.東日本全体を対象にした気候変動下の極端洪水の計算例

図2.住居の意思決定のマルチエージェントモデルの模式図
図2.住居の意思決定のマルチエージェントモデルの模式図

 洪水災害研究に限らず,土木工学は歴史の長い学問ですが,その間に社会・地球環境は大きく変化してきました。現在の研究テーマは,極値理論や降雨流出解析に取り組む博士課程の間に社会や気候の変化を目の当たりにしながら着想したテーマです。これからも,変化の中で生まれる新たな課題やアイデアとの出会いを楽しみつつ,地球温暖化時代の洪水災害軽減に少しでも貢献できるよう研究・教育活動を進めてまいります。

(社会基盤工学専攻)