電子スピンの流れによる新奇物性の発見

助教 大島諒

大島先生.png 私は2018年に電気電子工学科電子工学専攻で博士(工学)の学位を取得し,同年に同専攻の助教として着任しました。専門はスピントロニクスと呼ばれる学術領域です。固体中を流れる電流は,電荷を持つ素粒子(物質を構成する最小単位)である電子の流れです。電子は,電荷という電気的性質を持つだけではなく,磁石の起源でもあります。この電子の磁気的性質を「スピン」と呼び,電子のスピンを利用した新奇現象の発見・デバイス応用の実現を目指す研究分野がスピントロニクスです。最近では磁石を記憶媒体とした不揮発性メモリ素子(Magnetoresistive Random Access Memory, MRAM)などが商用化され始めており,次世代の省電力デバイス技術の一つとして盛んに研究が行われています。本稿では私が最近取り組んでいる研究内容について簡単に説明し,自己紹介とさせていただきます。
 スピントロニクスを研究する上で重要となるのが「スピン流」です。電荷の流れである電流に対し,スピンの流れをスピン流と呼びます。スピン流により,例えばMRAMへの情報書き込み・読み出しが実現します。よって,スピン流を如何に効率良く生成するかが,スピントロニクスにおける大きな研究課題の一つとなっています。スピン流の生成効率には,スピン軌道相互作用(Spin-Orbit Interaction, SOI)と呼ばれる電子の運動とスピンの間の相互作用が重要な役割を担っています。白金やタングステンなど原子番号の大きな材料でSOIが大きくなる傾向がありますが,一般にSOIの大きな材料ほど効率的にスピン流を生成できるため,より大きなSOIを持つ材料の探索・研究が行われています。
 私が所属する研究室では,白金を薄さわずか2 ナノメートル程度の超薄膜にすることで,その電気伝導特性を半導体のように電界(ゲート電圧)で制御できるほか,SOIも電界により変調できることを発見しました。金属材料でもトランジスタ動作が可能になったという驚きとともに,MRAM動作特性のゲート電圧制御などにつながる結果です。また,非放射性元素で最大のSOIを持つビスマスの単結晶では,その異方的な結晶構造と大きなSOIにより,スピン流の生成効率が結晶方位に大きく依存することを発見しました。ビスマスは,その大きなSOIに反して単体でスピン流生成効率がほぼゼロという謎の材料でしたが,この疑問を解消し,ビスマスが有する大きなSOIをスピン流生成に利用できるようになりました。
 最近では物質のSOIに限らず,物質の掌性や対称性の破れによりスピン流生成が可能になるといった研究もあり,より広範な材料系でスピン流の生成が提案されています。典型的な電気伝導特性を示す材料でもスピン流を流せば新しい発見がある,ということがあるかもしれません。研究を通じて物性物理における新しい発見による驚きや基本的物性の理解が進むことを楽しみに,次の発見につながる研究を日々邁進しています。

(電子工学専攻)