トポロジカル高分子の世界:数学・物理・化学・生物の交差する中で

講師 上原恵理香

上原先生 私の研究テーマは,トポロジカル高分子の統計物理です。トポロジーがどのように高分子の物性を変えるかを探り,物性の改良や材料創成に役立てていくことを目指すものです。私自身は物理学科の出身で物理的な視点から研究をしていますが,トポロジーを対象とすることから数学,高分子を対象とすることから化学・生物の研究者とも共同研究をする機会があります。
 トポロジーは,滑らかな変形によって互いに移り変わる図形を同じ形と見なす幾何学の一分野です。「トポロジーの視点ではコーヒーカップとドーナツは同じ形」は聞いたことがある人もいると思います。高分子は低分子を重合させた巨大分子で,柔軟に曲がるひものような性質を持ちます。高分子のトポロジーを考えるとき,(1)ひもの絡み合いといった結び目などのイソトピックな視点と,(2)ひもの繋がったネットワークの構造のグラフ理論(ネットワーク科学)的な視点の二つの見方があります。結び目高分子の代表例に大腸菌などの持つ環状DNAに酵素を作用させて絡ませた結び目DNA,ネットワーク構造を持つ高分子の代表例にゲルとゴムが挙げられます。
 溶液の中で高分子が絡み合えば粘度が上がり,ゲルやゴムなどの高分子ネットワークは繋がりかたによって強度や弾性が変化することは直感的に分かりやすいと思います。私たちのグループでは,特定のトポロジーを持つ高分子をランダムウォークなどによってモデル化し,その統計的な性質(例:三葉結び目を持つ環状鎖の平均サイズは,自明な結び目を持つ鎖に比べて何倍になるか?)をシミュレーションか手計算によって予想しています。
 多くの場合,理論的に予想された性質を実験で確認することは簡単ではありません。原因は,モデルを立てるときにパラメータを省略して正確でなくなる難しさであったり,物性値を直接測定する手段が無く,間接的に測れば誤差で分からなくなってしまうといった難しさであったりします。
 理論物理の研究は実験と相互に補完しながら進みます。高純度な試料が多量に合成可能になり,また思いもよらない測定手法(例:ミクロな穴に環状DNAを引きずり込むことでコブ≒結び目の存在を検出する)が次々に開発されています。理論のほうでも,私たちのグループでランダム網目構造の架橋点分布を線形代数とコンピューターを使って厳密に計算するなど,より詳細な物理量の違いを予想するようになっています。新しい理論が出来れば実験で実現されるところを見たいし,新しい実験が行われれば理論で説明したいと思います。理論と実験がそれこそ二重らせんのように前後しながらも,離れることなく協調していくことが科学の進歩を促すと認識しています。
 高分子は自然界に多く存在し,人工的にも大量生産されている一方,金属などに比べると基礎的なレベルで未解明の点も多く存在します。理論と実験,また数学,物理,化学,生物といった多様なバックグラウンドを持つ研究者が様々なレベルで研究に関わっています。皆さんにもぜひ,興味を持っていただければ幸いです。

(情報学研究科)