研究者人生初期をふりかえる

情報学研究科・先端数理科学専攻 助教 辻 徹郎

辻徹郎_web.jpg 高校時代,毎年 10 月頃になると,物理担当の先生が「本校出身の研究者がノーベル賞を取るかもしれない。テレビの取材が来るかもしれない」と,そわそわされていました。実際,私が高校を卒業した後のことですが,故・南部陽一郎先生がノーベル物理学賞を受賞されています。高校生の私が,研究者という職業に漠然と興味を持つことになったきっかけです。大学では宇宙に関係する研究がしたいと考え, 京都大学工学部物理工学科宇宙基礎工学コースを希望しました。入学後,専門の授業はしっかりした座学の授業が主で,その中でも中心的な分野のひとつであった流体力学に自然と興味を抱き,気が付けば分子流体力学の研究者を目指していました。高校生のときに抱いていた壮大な宇宙への憧れは,目に見えない小さな世界で起こっている分子スケールの現象に移っていました。

 学生時代は,青木一生先生(現 · 京都大学 · 名誉教授 / 国立成功大学(台湾)· 栄誉講座教授)の指導のもとで,分子気体力学の移動境界問題における解の長時間的振舞に関する数値解析に取り組みました。誤解を恐れずにひらたく言うと,ナノスケールの振り子の振動が空気抵抗によって減衰していく様子を計算していたことになります。非常に小さいスケールに注目しているので,気体が分子の集団から構成されているという事実を考慮に入れた理論を使わなければ正しい現象の記述が出来ません。近年の微細加工技術の発展にともない,このような微小スケールにおける流体力学,すなわち分子流体力学は重要性を増しており,例えばマイクロ・ナノ共振器の設計に応用されることが期待されています。今思い返すと不思議なことですが,学生時代は実験的な研究にまったく興味がわかなくて,数理的な研究と数値解析にどっぷり浸かっていたように思います。

 一方で,学位を取得後は,川野聡恭先生(現・大阪大学基礎工学研究科・教授)の分子流体力学研究室に助教として参加し,マイクロ・ナノ流体に関する実験的研究を新しく始めました。実際にモノを作って観察して計測して・・・というプロセスを研究では経験したことがなかったので最初は失敗ばかりでしたが,ある一定の経験値に達したときに相転移が起こって視界が開け,突然いろんなことが上手く出来るようになったことを覚えています。学内外の多くの研究室を見学させていただいて,百読は一見に如かずをモットーに,見るもの聞くものを何でも吸収しようと奮闘していたのが功を奏したと思います。数理的研究に関しても実験的研究に関しても,多くの研究者に貴重な時間を割いていただいたことに感謝し,また先導的な仕事に対して尊敬の念に堪えません。2019 年 3 月から,再び京都大学で研究出来る機会に恵まれました。研究者人生を初期・中期・後期の三つに分けると,今はちょうど初期が終わるくらいです。次は私が魅せる番かなと思い,日々面白そうな研究を妄想し,実践できる機会をこそこそとたくらんでいます。

(情報学研究科・先端数理科学専攻)