留学と世界展開の奨め

名誉教授 竹脇出

竹脇先生 40年以上も前の話となるが,学部・大学院の授業はほとんど欠席しなかった。強制ではなく興味のある授業をとっていたので出席できたものと思われる。実際,当時の教養の授業は自然科学系に限らず,人文社会科学系においても個性の強い有名教授による興味深いものが多く,他では聞けない話に聞き入ったことをよく覚えている。単位数は,学部では専門科目が建築のみ現在の半分の単位数(半期で1)であったにもかかわらず179単位を取得した。キャップ制の柔軟対応に期待したい(約10年前に委員として検討した)。また,大学院では,40単位を取得した。
 1982年に大学院修士課程を修了し直ぐに助手に採用された。当時はそれが一般的であったが,今ではほとんど存在しないと思われる。大学在籍時における出来事において,海外留学は1大イベントであり大きな影響を与えたため,それについて回顧してみたい。

UCBへの留学
 1989-1990の1年間,カリフォルニア大学バークレー校(UCB)で,当時工学部長であったK. Pister教授(後にUC Santa Cruz学長で計算力学の父)のもとで研究生活を送る機会を得た。Pister教授は1980-1990年の10年間でUCBの工学部を全米トップレベルの水準に引き上げた功労者であり,1970年代にイリノイ大学工学部をやはり全米トップレベルに引き上げた工学部長のD. Drucker教授(材料安定性・塑性学の世界的権威)をUCBの諮問メンバーとして受け入れていた。
 奨学金を得るために,村田機械奨学財団,フルブライト財団,鹿島財団など多くのところに応募したが,その努力は成否に関係なく有益であった。英会話教室で知り合った2人とも米国東部ボルチモアの建築家であるHenry & Pamela Warfield夫妻(安藤忠雄建築事務所勤務)とは,1990年の留学時および日本再訪問での再会等親密な関係を継続した。特に1990年のボルチモア郊外のご自宅での歓待や,そこで体験したカヌーは忘れられない思い出である。また,村田機械奨学財団での曽我健一さん(京大土木出身:ケンブリッジ大学教授を経てUCB教授)との出会いは,その後の1989年のUCBでの偶然の再会や2008年ケンブリッジ滞在時のホスト役(チャーチルカレッジ)等,長年に渡る交流となった。
 UCBのCivil Eng Deptには,20世紀を代表する工学の一大成果である有限要素法(FEM)を開発したR. Clough教授やE. Wilson,R. Taylor教授(FEMで有名なZienkieviczと有名な本を共著),応用力学・構造力学のE. Popov教授(PisterのUCBでの兄弟子でウクライナ・キエフからロシア革命を逃れて渡米し,Stanford大学のTimoshenkoやCaltechのvon Karmanに師事),A. Scordelis,J. Sackman教授,地震工学のJ. Penzien,V. Bertero,A. Chopra,S. Mahin教授,免震構造のJ. Kelly教授,信頼性工学のA. Der Kiureghian教授など,構造工学分野において世界的に著名な教授が多数在籍していた。耐震工学分野とFEMをはじめとする構造解析分野の2つの主要分野が連携して発展したところに,世界の多くの研究者を惹きつけた理由があると感じた。Cloughは,1994年にBill Clinton大統領からNational Medal of Science(NMS)を授与されたことでも有名である。NMSは1962年から始まり,最初の受賞者はvon KarmanでJ.F. Kennedy大統領から授与された。Pisterは1960年前後にCloughが提唱したFEMに疑問を呈したが(要素を細かくすると計算結果が発散すると予想したことが歴史に残っている),Cloughらによるその疑問の解明後はCloughよりもFEMを世界的に発展させ,欧州におけるFEMのもう一人の発案者であるJ. Argyris(シュツットガルト大学)と国際ジャーナル(Computer Methods in Applied Mechanics and Engineering)を共同で運営した。
 UCBキャンパスにはその後も,2000年開催の兵庫県南部地震を契機とする日米セミナー,2004年開催の地盤に関する国際会議,2005年のUCSDでの客員教授としての短期滞在時の訪問等,多くの教授と親交を深めた。また,2017年の還暦の誕生日には,もう一人のホストプロフェッサーであるMahin教授のお膳立てにより「インパルスと地震入力エネルギーを用いたアプローチ」に関する特別講演会をDavis Hallで開催していただき,最新の研究内容を数十名の大学院生と著名な先生方に聞いていただく機会を得た。講演後,Mahin教授が大学院生に,「私が先日授業で話した内容で有効な方法だね」と解説されているのを見て,構造物の弾塑性耐震設計の分野では世界の第一人者であるMahin教授に高く評価されたことに感銘を受けた。尚,この一連の研究は,京都タワーの構造設計を担当された棚橋諒博士(防災研究所の創設者の1人)による研究とも関係している。

世界の巨頭との出会い
 前述のDrucker教授は,20世紀半ばに塑性解析や材料安定性などの分野で世界をリードしたことで有名である。私の修士論文でも,非線形構造物の最小原理の導出において材料安定性に関するDrucker’s Postulate(Druckerの材料安定性規準)は重要な役割を果たした。Druckerは1988年に,耐震工学で有名なCaltechのHousnerとともに前述のNMSを授与されている。全米科学財団におけるDruckerの追悼文では,P. Hodgeから,「He was one of the most informed(博識な), the most fair(公正な), the most tactful(機転のきく), the most organized(計画的な) people I have ever known.」というコメントが出された。偉大な学者は,公正面でも優れていることを痛感した。Pister教授も同様で,マイノリティー支援にも積極的であり,誰にでも紳士的・公正に対応する彼の姿勢はUCB以外でも高く評価されていた(カリフォルニア州の初等・中等教育の責任者も務めた)。私が工学研究科の運営の一部に関わる立場になった際には,「相談に来る人にはすべて丁寧に対応しなさい。相談に来られる人は話を聞いてほしいと思って来られるのだから」と言われた。学生の教育や学会等における運営においてもその後の教訓とした。
 Pister教授は,昭和20年代にMITに留学して混合型変分原理(Hu-Washizuの原理)で有名であった鷲津久一郎教授(東大航空工学科)と旧知の仲であり,FEMの理論的骨格をなす彼の原理を高く評価していた。この話から,専門分野で原理を発見・構築することの意義を深く感じ取った。私は,前述のArgyris教授や,動力学の分野で減衰理論や非線形振動の権威であったCaltechのCaughey教授,さらには地盤の液状化解析等で有名なFinn教授と,著名な国際専門誌で編集長と著者という関係で盛んにやり取りできたことを幸運に思う。査読者からの意見に基づき編集長が的確な判断をされ,私達の研究を高く評価して下さった。この幸運は,積極的に学術の巨頭にアクセスしその成果が評価されたことに起因しており,今後の日本のアカデミアを担う若手研究者も,積極的に世界の一流の研究者と関係を持ってその道のGame Changerとなるような活動をされることを期待したい。

最近の世界展開
 2014年からスイスFrontiers社のオープンアクセス国際専門誌(Frontiers in Built Environment)の編集長を務めている。Frontiers社はスイスのローザンヌに拠点を置き,2007年に神経脳科学分野のHenry & Kamila Markramスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)両教授により創設された比較的新しい出版社である。査読者と著者が査読のやり取りをWeb上のオンラインで直接行うという独自のシステムを取り入れており,何カ月も要した査読期間を劇的に短縮するシステムである。2014年頃にはSpringer Nature社(Nature Publishing Group)の傘下に入ったが,オープンアクセスでの世界一を目指してすぐに独立した。今や,Elsevier, Wileyなどの巨大出版社とオープンアクセス分野で肩を並べる出版社に成長した。2016, 2017, 2019年にレマン湖畔のローザンヌやモントルー,あるいはフランスとの国境に近いアルプスで開催された編集長会議に出席し,Vimeo(動画共有プラットフォーム)によりBuilt Environmentのレジリエンスを高める方法について発信した。また,その途中では,ジュネーブやチューリッヒも訪れた。ジュネーブ,チューリッヒ,モントルー,ローザンヌは素晴らしい都市であるが,特にローザンヌの文化的雰囲気や安全性には魅了された。EPFL構内には,ロレックス社の2つの設計コンペ(EPFL教員による選考)で選ばれた妹島和世氏の有名なロレックスラーニングセンターと隈研吾氏の木造長スパン建物が隣接して建てられており,日本人建築家の高い評価をFrontiers社のExecutive Directorから耳にした。本学の若手研究者の世界における活躍に期待したい。

(建築学専攻 2023年3月退職)