いつまでも初心・童心を忘れず

准教授 伊藤陽介

伊藤先生.jpg 若手と言うには薹が立っているように思われるかもしれませんが,ご指名いただきましたので,先日傘寿を迎えられた恩師の記念講演会を開催した際に思い出したことを書かせていただければと思います。
 まず,自己紹介ですが,私は学生時代を大学院工学研究科電子工学専攻で過ごしました。当時は橘邦英教授のプラズマ物性工学研究室に在籍しており,研究テーマは大気圧プラズマの診断と応用でした。大気圧下では安定にプラズマを生成することが難しいのですが,電極形状を工夫すると安定に放電が可能です。私はこのプラズマの特性をレーザ光や電磁波により調べ,成膜や表面改質に応用する研究を行っていました。この仕事は一定の成果が出て,企業との共同研究も経験させていただき,博士の学位もいただきました。
 修了後は,プラズマ物性工学研究室の隣にあった電気工学専攻の小林哲生教授が主宰する生体機能工学研究室に縁あって特定助教として着任して今に至ります。研究内容は光ポンピング磁気センサ(Optically pumped magnetometer: OPM)を用いた生体磁気計測というものです。これは現在でも私の研究の中心となっています。
 生体磁気は生体から生じる生体情報を含んだ磁場であり,非侵襲的に計測が可能です。さらに生体の透磁率が部位によらず一定であるため,脳波や心電図などに代表される電位計測と比較して信号源の推定が容易であるという特徴があります。しかし,その強度は微弱で,計測には非常に高感度な磁気センサが必要になります。私の研究するOPMは,アルカリ金属原子のスピンとレーザ光との相互作用を利用した磁気センサであり,計測対象の磁場の情報をアルカリ金属原子のスピンに投射し,それを光学的に検出することで高感度に磁場を計測することができます。私はこのOPMの感度向上や小型化,MRIの検出器への応用などに取り組んでいます。
 このように学生時代から研究テーマを変えたりしながらも研究者をしているわけですが,研究者を目指したきっかけは前述の橘先生と実験をしたことです。当時橘先生はお忙しかったはずですが,業務の合間を見つけては自ら実験をされており,このときは,私の研究テーマでちょっと面白い現象があったのでその確認を一緒にしました。橘先生はその頃すでに還暦を迎えられていましたが,まるで少年のように目をキラキラとさせて実験をされていました。その姿を見て,研究者とは斯くも楽しく過ごしていける素晴らしい職業なのかと思って,私はついついこの道に足を踏み入れてしまったわけです。おかげさまで,楽しいことも大変なこともありますが,なんとかやっています。
 さて,上述の恩師とは橘先生なのですが,冒頭に述べました通り,年末に橘先生の傘寿を記念して講演会を開催いたしました。そこでは橘先生がご趣味で(?)編纂されている主に近代から現代にかけての物理学史についてご講演いただきました。また,懇親会では最近始められたクロマチックハーモニカの演奏も聴かせていただき,今でも目をキラキラさせて新しく挑戦されていることに大変感銘を受けました。年を経るにつれて研究以外の業務も増えてきたり,研究内容についても分かった気になったりしますが,また初心・童心に帰って,目をキラキラさせて研究を続けていきたいと思います。

(電気工学専攻)