MRIによる次世代脳機能計測への挑戦
助教 上田博之

私の研究の目標は,脳の働きを非侵襲的に「時々刻々」と「空間的に緻密に」観測できる計測技術を実現することです。脳は極めて複雑なシステムであり,その活動を非侵襲的に観測することは医学や神経科学における重要な課題の一つです。現在広く利用されているfMRI(機能的MRI)も強力な手法ですが,時間分解能や信号解釈などに多くの課題が残されています。そこで私はMRIの新しい計測原理を開拓し,より高い時空間分解能を持つ脳機能計測の可能性を探っています。
その取り組みの一つが,スピンロックと呼ばれる磁気共鳴シーケンスを利用した脳機能計測です。スピンロックは従来のMRIとは異なる磁化ダイナミクスを利用する手法であり,生体磁気信号をMRIコントラストとして取得できる可能性があります。現在は,この手法を脳機能計測に応用できるかを実験的に検証し,新しいfMRI計測手法としての実現可能性を探っています。
また低磁場MRIの研究にも取り組んでいます。MRI装置は非常に高価で導入や維持に大きなコストがかかりますが,磁場強度を低く抑えたMRI装置であれば装置コストを従来の十分の一から百分の一程度まで抑えられる可能性があります。低磁場MRIが実用化されればMRIを利用できる環境を大きく広げることにつながります。しかし従来のfMRIは高磁場MRI装置にしか適用できないため,スピンロックは低磁場MRI装置での脳機能計測を実現できる可能性があり,その実現に向けて研究を進めています。
こうした技術は脳機能の理解を深めるだけでなく,将来的には疾患に関連するバイオマーカーの発見など医学と工学の両面で重要な役割を果たすと考えています。工学の立場から新しい計測原理や装置技術を開拓することで,生命科学や医学研究を支える基盤技術の発展にも貢献できるのではないかと考えています。
研究の進め方としては,磁気共鳴という物理現象の理解と統計モデリングや信号処理といった情報科学的手法を組み合わせることを重視しています。数理モデルで現象を理解し,それを実際の装置による実験で検証する往復の過程は工学研究の醍醐味の一つだと感じています。
京都大学には「自由の学風」と呼ばれる文化があります。自由に研究や学問に取り組める環境は大きな魅力ですが,その自由は研究や教育に取り組む一人ひとりの理解と努力によって支えられているものだと感じています。環境を守ろうとするだけでは,変化の中で失われてしまうものもあります。変わらない価値を守るためにはむしろ変わり続けることが必要なのかもしれません。ただし自由を振りかざして自分に都合の良い変化を生み出すのではなく,誰もが納得できる変化を協調的に生み出していくことが重要だと感じています。私自身も物理・数学・情報科学といった分野を横断しながら,新しい生体計測技術の可能性を探り続けていきたいと考えています。
(電気電子デジタル理工学専攻)
