次世代がん治療の基礎研究を臨床に導く

原子核工学専攻 2020年3月 博士後期課程修了 呼 尚徳

呼尚徳 私は日本で生まれましたが,幼い頃オーストラリアに移住しました。物理工学と医学に興味があり,オーストラリアのウロンゴング大学工学部医学物理学科に2005年に入学しました。学部卒業後,さらに勉学と研究に取り組むため修士課程に進学することになりました。修士課程卒業後,私はオーストラリアの首都のキャンベラ大学病院で医学物理士として働き始めました。がん治療の臨床現場で6年以上働いてきましたが,一番辛かった時は治療ができない患者が来院した時でした。治療ができない患者のために何かできないかと考えた結果,研究の道に進むことを決意し,京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻博士後期課程に2016年に入学しました。日本を選んだ理由は日本は重粒子線を用いた研究と治療が世界で最も進んでいたからです。従来の放射線治療は高エネルギーの光子を用いて治療を行いますが,重粒子線治療の場合は陽子線や炭素線を用います。後者は前者と比べて生物学的効果(がんを殺す効果)が高いのでより高い治療効果が得られる治療法です。京都大学を選んだ理由は中性子を用いた次世代がん治療に興味をもったからです。この治療法は「ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy: BNCT)」といい,がん細胞にホウ素薬剤を投与し,外部から中性子を照射することによって,体内でホウ素と中性子が核反応を起こして選択的にがん細胞を破壊する治療法です。この治療法は切除不可能ながんの治療に用いられるケースもあり,患者に新たな選択を与える希望の治療法です。BNCTは国内で一般的な療法での移行を目指してより一層の研究が求められています。私はこの分野に貢献できればと思い,京都大学複合原子力科学研究所の粒子線医学物理学研究分野に入りました。

 私は長年海外で生活していましたので,全てが新鮮な感じで,不安になる時もありました。しかし,研究室の方々がとても親切で精神的にサポートしていただいて,とても感謝しています。毎日過ごしていた学生部屋には放射線,原子核物理のみならず,様々な研究を行っている学生が集まっており,関連分野の知識を共有したり,専門外の知識を深めることができました。

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京都大学複合原子力科学研究所粒子線腫瘍学研究センター

医学物理学研究室メンバーとウロンゴング大学の研究員

 博士後期課程修了後,大阪医科大学関西BNCT共同医療センターで助教として働き始めました。このセンターはBNCTを保険適用医療の提供に取り組んでおり,私はこのセンターの医学物理士として,医療システムが患者にとって安全であることを確認するため働いています。2019年8月にBNCTの研究を続けるためにクロスアポイントメント制度で京都大学複合原子力科学研究所の粒子線腫瘍学研究センターに助教と任命されました。博士課程の頃にお世話になった研究所に恩返しができて非常に嬉しいと思います。2020年6月17日,第一例目の保険診療での頭頸部がんへのBNCTを行いました。大学病院でこの治療を行うのは世界初でした。私はこの経験に参加できるとは思いもしませんでした。今後も京都大学と大阪医科大学で研究を続けて,BNCT適応疾患の拡大を目指して世界中の患者がこの治療を受けれることを目標として頑張っていきたいと思います。

 最後になりましたが,研究室の先生方,櫻井先生,田中先生,髙田先生,桂と宇治キャンパスの先生方,在学中・修了後とお世話になった皆様に心より感謝申し上げます。

(大阪医科大学 関西BNCT共同医療センター 特別職務担当教員(助教)/
京都大学複合原子力科学研究所 粒子線腫瘍学研究センター 特任助教)

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大阪医科大学関西BNCT共同医療センター